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『正欲(せいよく)』の感想・考察(あらすじ・ネタバレ含) 朝井リョウ著

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2021年3月 朝井リョウの小説『正欲』が新潮社から発売されました。発売から数日で話題になり、感想を書く人が続出しました。

僕もこの小説に大きく影響を受け、感想を書かずにはいられませんでした。

小説の感想と思ったこと、朝井リョウさんが最近のインタビュー等で語っていたことをまとめたいと思います。

以下、作品のネタバレも含みますので、ご注意ください。

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※2022.9.12追記

『正欲』の映画化が発表されました。寺井啓喜役を稲垣吾郎、桐生夏生役を新垣結衣が演じることになりました。2023年のロードショーも楽しみですね!

主人公・登場人物

まず、本作の主人公について整理しておきます。本作は複数の人間の視点が切り替わり、物語が進行します。

複数の人の視点が描かれますが、主に3人の視点で描かれることになります。

寺井啓喜(てらいひろき) 映画:稲垣吾郎

主人公の1人目、40代の検事。妻と子供暮らしている。

一般的には成功者とされているポジションの人物。結婚して、子供を授かり関東で生活している。

国家公務員の職種である検事の仕事をしており、給料が高く安定している。さらに、息子は私立小学校に通っている。

はたから見れば、なんの問題なく生活している啓喜とその家族だが、息子が不登校となったことを皮切りに家族のバランスが崩れ始める。

検事というお硬い仕事からもわかるように世の中の問題は自分で解決できるという自信が窺える。

他の人物との対比で、真面目な仕事・安定した仕事に見える状態の不安定さが浮かび上がる。

桐生夏月(きりゅうなつき) 映画:新垣結衣

主人公の2日目、アラサーのフリーター。岡山の実家に暮らしながら生活している。

岡山では実家に暮らしながらアルバイト等で生計を立てながら、若いうちに結婚し、家庭を築くというケースも多いようだ。

しかし、夏月はこのケースに当てはまらず、友達もほとんどいなければ、彼氏もいない。岡山の地元民の中では少数派と考えられる属性。

実家に暮らしているものの、それを親から咎められることなく、普通に生活をおくっている。

地方という生活圏で、仕事をしているとどうしてもかつての同級生を遭遇することがある。自ら断ち切っていた同級生との関係が、仕事をしていて社会につながっていることで、思いがけずつながってしまう。それが彼女の人生を大きく動かすことになる。

少数派として、社会との接点をできるだけ小さくして生きてきたのに、地方で家族を作った同級生との出会いから同窓会に参加しなければいけなくなってしまう。淡い期待を込めて。

神戸八重子(かんべやえこ)

主人公の3人目、横浜の大学に通う女子大生。どこにでもいそうな活発な大学生だ。

容姿や学歴、人に自分をさらけ出せないことをコンプレックスに思っているが、徐々に人間として成長していく。自分に自信がなかったり、世の中の考えに共感できなかったりしながらも、人との出会いで考え方を変えていく。

大学ではふとしたきっかけから、大学祭の実行委員になる。実行委員という役柄、多くの人との出会いがある。

人との出会いが自分の悩みを解決してくれるということを体験していく。

実行委員の活動を通して、ある人を好きになる。弱気で交際経験のない八重子だったが、成長し、自分から想いを伝えたり、手を差し伸べることができるようになる。

コンプレックスを抱えながら、前向きに人生を送っていく姿がとても印象的な主人公。

3人の関係性

主人公3人が一緒になる場面はほとんとありません。ある人間や事件を通して、彼らが繋がります。

その人・事件を見る視点が3箇所あることが本作品の面白い所だと思います。

・検事であり、法律を司り、社会的成功者である啓喜
・田舎で暮らし、一般的な成功とは無縁な夏月
・悩みを抱えながら人との繋がりから自分を変えていく大学生の八重子

3人が主人公と言えると思いますが、啓喜は成功者として、夏月は成功から離れたものとして本作では描かれています。

2人の考えは大きくは変わりませんが、八重子は若さからか柔軟に思考を変化させていきます。実質的な主人公は八重子と言えるでしょう。

逮捕される3人の男

本作は長めの随筆調の文章から始まります。

世間で言われる多様性は「おめでたい」、想像を絶するほど理解し難い嫌悪感を抱くものには蓋をしているとその文章では非難しています。

ここで語られる便利な言葉としての「多様性」には確かに疑問に感じていて、胸ぐらを掴まれた感じがします。

その随筆文の後に、ある事件のニュース記事と思われる文章が挿入されます。

「児童ポルノで3容疑者を摘発」

事件の内容が語られ、この事件をめぐる物語が本作で展開されることを予感させます。

僕もここで、小児愛をテーマにした性欲と多様性を考えられる物語を想像しました。言うまでもなく、その想像を越えた内容が繰り広げられることになるのですが。

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朝井リョウ 武田砂鉄さんのTBSラジオでの対談

4/2放送のTBSラジオ武田砂鉄さんの番組に朝井リョウさんがゲスト出演していました。

『正欲』の執筆記念ということでのゲスト出演ですが、直接的な作品の内容についてはあまり言及されませんでした。しかし、朝井さんの執筆動機や最近気になっていることがわかり、非常に面白かったです。

自分の中の「わからない気持ち」へのハードルを下げたい

朝井リョウさんが最近思っていたことに、「わからない気持ち」へのハードルを下げたいということがあったようです。

世の中には「わからない気持ち」がたくさんあり、わからないことに対して蓋がされている感覚があります。本来はわからないことをもっと感情に出していいはずですし、わからないことをほっておくと、将来的に危険なことが起こる気がするといいます。

「わからない気持ち」の代表として、朝井さんが思っているのが「性欲」です。世間ではみんなが性の話をしているけれども、自分にはその感覚がわからないことがある。

わからないこととして、見ないようにするのではなく、「世の中には想像できないわからないこと」がたくさんあるよね。と認めるほうが楽だと。

これが「わからない」へのハードルを下げるということだと思います。

多様性のおめでたさ。限界を知る

小説の中でもありますが、多様性についての見解も語られました。

万能な解として「多様性」という言葉がよく使われています。LGBT、同性愛など多様な生き方を手放しに最適解として使っていますが、そこに違和感があったといいます。

最近では「ステイホーム」にも同じような最適解の感覚があるといいます。「おうち」「ステイホーム」であれば、間違いないと。しかし、そこには「おうち」がない人、おうちがあっても心地よくない人がいることを想像できていない。

僕たちの想像力には限界があるということを知らなければなりません。

「多様性」「ステイホーム」は否定されえないとことにあります。誰からも共感され、撫でられたような気持ちになりますが、万人の人に当てはまると考えるのは「おめでたい」考えです。

比喩の癖がすごい

朝井さんの比喩の使い方についても、武田砂鉄さんは言及します。

・紅白歌合戦の描写で、けん玉をやっていた人がエンディングまで残っていて、最後に小さく出演したこと
・遠慮がない様子を、海から上がった身体でそのまま車に入ってくることで喩える

など、数多くの比喩表現があります。味方によっては過多とも捉えられるような。

朝井さんがもし、編集者に比喩表現に赤を入れられたら発狂すると言っていたのは面白かったです。

村田沙耶香と朝井リョウの新潮での対談

4月発売の新潮で気鋭の若手作家、村田沙耶香さんと朝井リョウさんの対談が載っていました。

現代の描写が稀有な2人の対談なので、すぐに読みましたが、すこし難しい内容でした。

『正欲』の内容についての対談かと思ったら、どちらかというと近年の2人を取り巻く環境や最近書きたいことなどが中心でした。

必ずしも、『正欲』を読んだ人に向けての対談ではないため、遠回しな表現が多かったです。

そのタイトルが「早い怒りに抗って」

その場で怒ることはほとんどない。その分「遅い怒り」、1年後にあのとき腹たったという感情が込み上がってくるという村田さん。

こんな感情があるという話でしたが、そこからどんなことをしたいか伝えたいかは僕の読解力では読み取れませんでした。

その後にあった、ノンフィクションライターの濱野ちひろさんのエッセイは面白かったです。

『正欲』に書かれる「多様性への怖さ」にある種共感をしめしながら、自身の関心テーマに惹きつけて話をします。

「ズー」という動物を性的パートナーとする人たちがいるそうです。

それにかこつけて、多様性という「おめでたい」言葉にある自己完結的性的妄想の行き止まりを感じると指摘します。

「多様性として尊重しろ」という主張に対しては、「自己完結的性的妄想」であれば擁護する必要はないと批判します。

多様性の先にも「生産性」や「社会貢献」などが必要だということにはハッとさせられました。

オーディブルで無料で聞けるようになる?

予想・可能性の話ですが、今後『正欲』が無料で読める(聞ける?)かもしれませんので、参考に情報をお伝えします。

アマゾンが提供する、本が聴ける「オーディブル」に『正欲』の配信予定があります。2022.11.4配信の予定のようです。

オーディブルには無料体験期間がありますので、オーディブルに登録してみるというのもありですね。11月配信でしたら、2023年の公開には間に合いますね。

ただし、一部オーディブル聴き放題の対象外となる書籍がありますので、なんとも言えません。

すぐに読みたいという方は、購入してしまったほうがいいですね。

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